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                                    異空の神



第1巻



第 4 章
飛  躍

 
ブライアンの世界


二人は一瞬でエリザベスのコンドミニアムをのぞき、
1階のホールから出ると、タクシーを拾う。
ロスのダウンタウンに向かい、
有名な日本食レストラン「将軍」を訪れた。

テンプラ、サシミ、ライス、冷たい酒を楽しみ、
またタクシーでエリザベスのコンドミニアムに戻ると、
計算どおり深夜零時前、リビングから瞬間移動し、
またワイキキの浜辺の暗がりに出現した。

ワイキキでは夜9時前だ。
二人はホテルのカスタマーオフィスカウンターで待っていたMAIと
ロビーのソファーで向かい合っていた。
MAIが説明をはじめた
「ここに用意した書類ケースの中にこれまでの売買契約確認書類、
弁護士への謝礼の件を書いたメモ、コンドミニアムに関する簡単な注意事項、
の冊子が入っているの」

「ご注文どおり新しい寝具はホテルサービスに頼んでおきました、
いつでも泊まれるようになっているわ」

「その分の請求書も入ってると思う、
それから鍵はそのうち変えた方がいいと思うわ」
MAIの報告や注意を聞きコンドミニアムの鍵3個を受け取った二人は
「明日の朝にはロスに戻らなければならないの、
次の機会にはゆっくりお会いできるようにスケジュールをお互い調整しましょう」
「お仕事の邪魔をしては悪いから」と断り早々にその場を後にした。

終に手にしたお気に入りのコンドミニアムの鍵に
エリザベスは満足そうだった。
早速コンドミニアムのリビングに落ち着いた二人は改めてテラスからのぞめる
素晴らしいワイキキの夜景に感激していた。
「これでこちらにも昼間に移動することができるわ」
「誰が何処で見ているかわからない、・・・
MAIとのこともあるから良く考えて行動しなければいけないのはわかってる」
エリザベスがまた先回りした言葉でブライアンの台詞を封じていた。

 
 
3日後の朝、二人はエリザベスのコンドミニアムで一緒に食事を摂った。
その後フライトのため3日留守をすることになるエリザベスを見送ると
ブライアンは車でB/Lハウスに向け車を走らせた。

9階のリビングでソファーに寛ぎながらブライアンは
この世界での人間関係を思い返していた。
弁護士のパーマーとはその後電話での話だけで済ませていた。
B/Lハウスの受付係のような役割のエリックとは特に会話もしていなかった。
アンダーソン家の両親は近いうち、このB/Lハウスに招待する予定を
エリザベスが考えている様子だ。

あのアスレティックジムのインストラクター、ジョージとは、
あれ以来顔をあわせていない。
ほんの僅か前、いくつもの素晴らしい邸宅を持たなければ!
そのためにこの世界で自分に与えられている魔法の力をつぎ込み
事業を成功させなければならない。という強迫観念は
この家の地下の金庫室でブライアンを待っていた
莫大と思える財貨の前で優先順位を変えられてしまっていた。

新しい、自然な人間関係を構築することが最優先となり、
まだそれ程の時が経っていないとはいえ、財貨の使い道として、
当然考えられたビジネス・・・事業といったことにはまだ何も手をつけられないでいた。
そして、ブライアンはいまの段階で確認しておくべきことがないかと考えていた。
まだ自分の所有財産の詳細も分かっていないばかりか、
この建物B/L不動産ビルのことすら良くわかっていない。
まだざっと各階を廻って見ただけだった。
スイミングプールやその他の階の清掃、維持管理についても。
さらにどこからどこまでがこの家の敷地になっていて、
どのように境界が印されているのかも。
そして、他の所有不動産は・・・
アトランタの広大な邸宅には足を踏み入れた事さえないばかりか、
誰がどのように管理してくれているのかさえ、まだ良く知らないでいた。
そしてそのほかの不動産は?

考えてみれば、この建物を自分の所有するものと認識して、やっと1週間だが、
その間、先を見据え、計画的に物事を考える余裕などなかった気がする。
そろそろクリストファー・パーマーの話をゆっくり時間をとって聞くべき時だった。
そもそもパーマーのオフィスの場所すら知らないのだ。
ブライアンは、家の電話でパーマーに連絡をとってみた。
この前と同じに秘書がパーマーに電話を取り次ぐ。
「そろそろご連絡をいただける頃かな、と思っておりました。
ご連絡がなければ今日の午後にでもこちらから携帯にご連絡させていただくつもりでした」
「私がラウル様に・・いやブライアンと呼ばせていただくことになっていました。

その・・お話しなければならないのは、貴方の所有不動産とその維持管理の問題、
それと、今後のオフィスのこと・・貴方のですよ。
他にもあります。一応考えられるだけのことはしているつもりですが、・・・・・」
結局クリストファーは準備すべきものを点検し、
午後3時にこの建物を訪ねてくることになった。
ブライアンはそれまでの時間を有効に使おうと決め、
建物の各階をもういちど良く見るべきだと思い立ち、
エレベーターで8階に降りた。

プールは自動的に水質管理、清掃が行われるようになっていることがわかった。
7階ではアスレティックジム、ランニングトラック、と見て廻る。
サウナバス、ジャグジーなどはブライアンがここに現れて以降、
運転停止状態になっているようだった。
6階の3部屋のコンドミニアムも来客用に鍵をどのように管理するのか、
既にプランがあることは予想できるものの、管理会社と決まりを設けなければならなかった。
まだ内装に全く手がつけられていない5階から2階までのことは取り敢えず忘れることにし、
ブライアンは地下3階の秘密金庫室に向かった。

エレベーターを降り本来建物が建っていない右手の方に通路が延びていることを再認識する。
この先は巨大な岩盤をくりぬいて作られたスペースなのだ。

金庫室には、整理統合した預金証書を納めるため一瞬入ったが、
良く見るのはエリザベスにあのダイヤのネックレスをプレゼントした日以来だった。
考えてみれば、あのときもざっと見たという程度だった。

壁に沿って並べられた現金入りのジュラルミンケースをひとつ一つ点検していく、
現金は1億2千万ドルだった。さらに国債が2億ドル、
預金証書の残高もこの前のパーマー弁護士との銀行めぐりで改めてハッキリしたが、
2億2千万ドルだ。
貴重品、宝石の類はあまり価値も分からないが金額に換算すると、
恐ろしいほどのものになりそうだった。
それとブライアンに全く分からないのは企業の株式など、電子化された
資産だった。クリストファーが午後3時まで時間を欲しいと言った理由は、
その辺についての整理、現在価値の見積もりにまだ少し時間が掛かるというものだった。
壁に埋め込まれた、宝石類、貴金属類のおさまったひき出しをさらに点検していき
金そして白金の延べ板がぎっしり詰まった、
いくつも並んだひき出しをさらに一つ一つと調べ、
もうどれくらいの価値になるのか計算も出来ないと感じ、
相当の数を残し最後に床に一番近い、高さが他のものの倍ほどある、
引き出しを開けてみた。

そこにはなにも収められていなかったが
底の部分に掌紋をあてるボードが収められていた。
なんでこんなところにこれがあるのだろう、
ここに手をあてるとまた何処かが開くようになっているのだろうか?
ブライアンはそこに掌をあてがってみた。

特になにも変わったことは起きない。と思ったが違っていた。
ブライアンが手を引き抜くと、ひき出しはユックリと引き込まれてしまった。
そして次に左手の方でかすかにクリッと音がする。
ジュラルミンケースの並べられたテーブルの脇の壁に掌紋照合と
網膜照合のボードが現れたのだ。
すぐに左目を窓にあてがい右手を掌の形にあてがうと、

右側の、ひき出しの並んだ壁とテーブルのあいだの
壁がスライドし奥に新しい空間が現れる。
そこには薄い照明がともっていた。奥行きは3メートルほどしかない。
金庫室の幅だけの、奥行き3メートルの空間の左奥に扉があった。
厳かに見える頑丈そうな黒い金属の扉だった。

ブライアンがその扉の前に立つと今度は背後の壁がスライドし
金庫室が見えなくなった。
かなりしっかりした感じのノブを回して扉を引くと、
なんの抵抗もなく開いたその中は・・・・
ブライアンは一瞬凍りついた。

表現のしようのない空間・・・そこは空間とも言えなかった。
全く光の届かない虚無・・がそこに広がっていたのだ。
ブライアンはそこに一歩足を踏み入れることすら出来なかった。

足を踏み入れたとたん、奈落の底に落ちてしまうように思えたのだ。

そこは真の闇・・・それよりも“無”に支配されていた。

ブライアンは一瞬、我に返ると
怒りのようなものがこみ上げて来るのを感じていた。

「この世界はブライアン自身に都合のよい世界の筈だ、
そこで一番重要な位置付けともいえる秘密金庫室の奥に
こんな訳の分からない場所が作られているとはどういうことだ」

「暗くて何も分からないじゃないか」
「それに足を踏み入れていいものなのか床すらあるのかどうなのか」
怒りのつぶやきが漏れる。
すると扉の奥が急に明るくなり
足元に大理石のような床がひろがっているのがわかるようになった。
「何だ、ちゃんと床はあるんじゃないか、
大分明るくなったけれどどこに何があるのか、さっぱりわからないぞ」
ブライアンは数歩そこに足を踏み入れると前方そして、
左右に目を凝らす、・・・唯明るいだけで、何もない、
しかもどこまでそれが続いているのかさえわからない。

上を見上げても同じだった。地下3階といっても、
そこは位置的に考え5階近くまで岩盤に覆われている場所の筈だった。
この建物の敷地を考えれば空間の高さも、前後左右の奥行きもそれ程ある訳がないのだ。
「先ず上の方には、せめてラスベガスのホテルの人口的な空のようなものでも
・・・もっと本物に近くてもいいからハッキリそれとわかる情況にしてくれなければ、
ここがどういう場所なのかも分からない」
と独り言が漏れる。
突然遥かに高い空が青く見え、白い雲が浮かぶ光景が現れた。

あたりの空気が澄み渡り、視界が開ける。
 ただ何もない、前にも左右にもどこまでも続く大理石の床と
絵にかいたように白い雲の浮かぶ空が続いていた。

どう見ても、垂直に見上げる空も水平に見渡す前方、
左右の広がりも、どこまでも続いて見えた。

理解しがたい情況に戦慄を覚えながらブライアンは背後を振返った。
なんと背後にも同じ空と大理石の床が無限に思える広さで続いていた。
一つ、救いとなったのはすぐ後ろにブライアンが今通ってきた
金属製の枠と扉が取り残されたように立っていることだった。
ブライアンは恐る恐る扉の裏側に回ってみた。
裏側からはその扉は見えなかった。

あわてて、今度はもう一度扉の位置を想いながら反対側に廻ってみた。
今度は扉はそこに元通り立っていた。
ノブを回し扉を向こう側に押すと
あの金庫室の奥の3メートルほどの空間のようだった。
横長の空間を左に辿り、先程、壁がスライドしたと思える辺りに立つと
壁が割れ金庫室がそこに現れた。
何が起きたのか、時間的感覚も麻痺した感じだった。
腕時計を見ると、地下3階に降りてから1時間ほどだった。
ブライアンは不思議な体験に戸惑いながらも、奥のあの空間での出来事を思い返してみた。
始めは「暗い、足元が分からない」と不平を唱えた。
すると光がさし、大理石の床が見えるようになった。

それでもまだ茫漠としていた。これでは明るくても、まるで雲の中にいるようだ、
天井であれ、空であれ空間の広がりが分かるようにしろ、と洩らすと、
今度は無限の空、そしてどこまでも続く床が現れたのだ。
ブライアンは急に閃きを感じ、もう一度あのひき出しを開き、掌をあて、壁に向かい、
先程と同じ手続きで壁をスライドさせると奥の空間を左に進み、あの扉を開いた。

そこには見渡す限り大理石の床が平らにのび、美しい空が白い雲を浮かべ
あくまでも高く遠く見えていた。

「こんな不自然な光景は見たくない。どうせなら、遠く見える山々、美しい緑、
・・・とりあえず、これまでプレイ、した美しいゴルフコースのなかから
きれいなホールを18集めてパー36のコースにしたいものだ。

太陽は暑くない程度に輝き、・・・
そうだ最高のゴルフクラブのセットを乗せた良く走るゴルフカートと、
一緒にプレイする仲間を3人、日本の横田でアキオ・ヤマシタとプレイした、
そう、アキオとジョンソン、とカークを呼びたい」

ものはためしとばかりブライアンは思いついた事をそのまま口にしてみた。
見る見る辺りの光景が変わり始め、
足元には大理石のかわりに土と芝、植栽、樹木が次々と現れる。
緩やかな起伏を見せる広々とした芝のむこうに砲台型にグリーンが盛り上がり、旗が見える。
すぐそばには広々としたティーグランドが出来上がろうとしていた。
ブライアンが出入りした扉はまわりをこんもりとした植栽に囲まれ
その背後には小山が盛り上がり、
扉はその小山に穿たれたトンネルへの入り口のように見えていた。
ティーグランドの手前のカート道にはもう2台のゴルフカートが止っていた。
そこがスターティングホールだった。

ブライアンがあきれるように見守るうちゴルフコースは
どんどん完成度を高めていくようだった。
これは、一体如何いうことなのだろう?
一種のバーチャル・リアリティー空間なのか?
バーチャル・リアリティーだとすれば、
あの扉を抜けて金庫室の奥にあたるあの空間から扉を開いたまま、
ここを覗いた場合ここはどう見える?
扉の向こうは如何考えても通常空間だと思える。
その前提に立てばバーチャルリアリティーの効果の外から見る以上緑の芝や、木々、
遠くのぞめる山々は見えないことになる。
ブライアンは扉を押し向こう側へ出て振返ってみた。
直ぐそこのゴルフカートもティーグランドも遠くの山々、木々となにも変化はなかった。
さらにブライアンは左手に進み壁の前に立ってみた。壁はスライドし金庫室がそこに現れる。
そこでまた振返っても僅かに見えるあのとびらの向こうの光景に変化は起きなかった。
ブライアンは急いで扉を抜け、緑と、美しい木々のゴルフコースへ戻った。
辺りには微かに潮の香りが漂っていた。
海岸が近いのだ。
海辺のホールも組み込まれているのだ。
一体どこのコースなのだ?じっと考えを凝らす。
自分の記憶にある海辺のコース、モントレイか?
いや、あそこよりももっと海とコースが近接したコース・・・
そうモナークベイのパブリックコースのいずれかのホールが組み込まれてもいい筈
・・・などと平気で思い始めた自分のズウズしさにブライアンは苦笑していた。
すぐ後ろからゴルフカートのものとわかるエンジン音が近付き人声がしだす。
アキオ、ジョンソン、カークの3人を乗せたカートを見覚えのある若者が運転していた。
「ミスター・ラウル・・・お友達をお連れしました」
「僕もいきなり呼び出されて面食らってるんですよ」
「いつも貴方のお父様からたくさんチップをいただいてる、
スパイグラスヒルのキャディーマスター室のボブですよ」

「一体どんな魔法なんです?いきなり頭の中で声がして・・・
一瞬ですむから夢のなかの世界に来いなんていわれて・・・
本物の僕は今トイレのなかに隠れて瞬間的に意識の無い状態らしいけど」
「ミスター・ラウル、突然のお呼び出しビックリですよ、
日本じゃ今、夜中の2時過ぎですよ、いくら夢のなかだと思えばいいと言われても、
変な格好でゴルフするんじゃ日本人の恥ですから一寸手間取りましたよ」
「それにしてもここは何処なんです、素晴らしいコースに見えますね」
「中佐殿・・ネリス基地から一瞬でここにはせ参じました」
「実は私も現在、人から見られぬようトイレに隠れております」
「夢は一瞬といいますから問題はないんでしょう?
今日は楽しくプレイさせていただきます」ジョンソンだった。
「私はまた横田の勤務を命ぜられ夜中でしたので眠っておりました。
素晴らしい夢を有難うございます」
最後にカークが挨拶してくれた。



「今日は特別ルールだ、全員に僕からハンディーを各ホール1打差し上げる。
こちらが皆から取ることは物理的にも不可能だ。
だから、僕に対して負けたホール、負けた打数は勝ち分がある場合のみ、
それと相殺ということにする。
1ホール1000ドル1打100ドル、バーディー一つにつき1000ドル、
イーグルには1万ドル差し上げよう」
「中佐、いつからそんな金持ちになったんです?」カークが不思議がる。
「夢の中の出来事だ・・・景気良くしなけりゃ・・・・」
ブライアンはそう言いながら
「実際夢から覚めたらアキオ、とカークの場合枕の下に、
ジョンソンはズボンのポケットの中に賞金が!!」
ということにしたいと思った。
「よしついでだグロスで僕の上にいったら、1打につき1万ドル・・・」
「中佐・・それは意味ないですよ中佐はHC7なんだから、逆立ちしたって勝てるわけが無い」
騒いでいるうちボブが全員のバッグをカートに積んでいた。
ブライアンのバッグはサンクレメンテ海岸のアパートに残してきたセットそのものだった。
他の3人もそれぞれ自前のセットのようだった。
「まあいいか・・・」「じゃあスタートだ」ブライアンが宣言した。

1番ホールは平坦な400ヤードのパー4・・・・
途中にクリークが斜めにはしるパー5、思い切り飛ばすか、慎重に刻むか・・・・
ついにグリーンの脇で野うさぎが飛び回りそこを越えると静かに波の打ち寄せる砂浜、
モナークベイのあのホールだ・・・
まさに夢のように18ホールを廻り終え3人それぞれに
1万ドル以上の賞金を宣したときブライアンは突然クリストファーとの3時の約束を思い出した。
腕時計ではそろそろ3時になるところだった。
3人にとってはどの道、夢の中のことだからと思いながらも
「今回は計画もキチンと立てず突然に呼び出してしまったため、
この後の自分のスケジュールのことを考えていなかった。
この次にはもっと良く考えて計画する」と丁寧に詫び帰ってもらうことにした。

ブライアンは何もかもそのままに扉を抜けると元の世界の、
金庫室から通路、エレベーターそして9階のリビングに戻った。
さてそろそろクリストファーの現れる頃と思い、壁の時計に目をやるとまだ11時を指している。
ブライアンの腕時計は3時を指していた。
「どうなっているのか・・・・
TVをつける、各チャンネルとも明らかにまだ午前中の番組を放送している感じだった。
センターテーブルに放りだしておいた携帯の時計は壁の時計と同じ11時を指していた。
あの空間にいる間、何時間経ってもこちらの時間は全くか、或いは、殆ど進まないのだ。
「そんなことならもっとちゃんと一緒に食事をしたりアフターゴルフの楽しさも味わえたのに」
と想いながら、あの場では口だけだった賞金がアキオとカークの枕の下に届いているよう、
ジョンソンのズボンのポケットに押し込まれているよう念じていた。


クリストファーと会う時刻まで、まだ、4時間もあった。
ブライアンはあの地下金庫室奥の不思議な空間について少し考えてみることにした。
ブライアンにとって、この世界はあらゆる意味で都合よく選択された世界だと考えられた。
都合のよい過去が何億もの財を彼に用意してくれていた世界といえる。

では何故もっと大きな大企業のオーナーというような
ポジションが用意されていなかったのか?

・・・・・そんなポジションにはすでに世の中に知られた有名富豪なり、
経営者が居る筈であり、そんな人物にいきなりなりかわり、
その人物の知識、弁舌、行動を即座に引き継ぐことが必要になる、それこそ不可能、・・・・
その人物に複雑にからむ人間関係など、どうにもなる訳がない。
この世界において、ブライアンは「意識のベール」
と心の中で呼んでいるもので包み込めたものは間違いなく複製できる・・・らしい

それでは人間を複製することは?一瞬頭に浮かんだこの考え
だけは止めておこうとその場で結論し、
次に進んでみた。
概念だけで物を出現させる事はこの世界においては出来ないと思っていた。
しかしあの空間でブライアンがやってのけたのは、まさにただの概念からの創造だった。
ゴルフコース、その景観、そして友人たちまで現出させた。

友人達はいわば魂だけ借りてきて身体をこちらで再生させたということなのか?
とにかくあの場ではそれぞれがそのパーソナリティーから
生み出される行動、言葉で楽しくやっていた。
あれは、ブライアンが生み出したものではなかった。
それとブライアンより大分背が低いと記憶していた、アキオが意外に大きく
殆どブライアンと変わらなかったことからすれば、
ブライアンの記憶から生み出されたアキオの肉体ではなかった事になる。

さらに、あの空間から金庫室へ戻る辺りまで行ってみても情景は消えなかった。
バーチャルリアリティーではないのだ。
あのゴルフコースに現れた人間はどうだろうか?
ゴルフバッグの世話をしてくれたボブの他はプレイした3人だけだった。
確かに他の人間の出現は要求しなかったのだから、あれでいいと言えばいいのだが。
もしもクラブハウスで食事をしようということにしていたらどうだったのだろう?
他の客達、ウエイター 料理人・・・
あの空間に関してはまだまだ、時間をかけ研究しそこで何を成すべきなのかを
考える必要があるということだ。

それにしてもあの空間に身をおいている間、
この現実世界では殆ど時間が経過しないということなのだろうか?
それはそれで便利な面もあるが、1日がやたら長くなってしまうのも困りものだ。
現実世界と時間を同調させる事はできるのだろうか?
それとあの空間の存在をエリザベスに知らせることは良く考えたほうがいい。
不必要な疑念や恐怖を抱かせる可能性は大きいかもしれない。

ブライアンはあらためて、あの空間のことだけではなく、
他にも真剣に考えなければならないことが山ほどあることに気がつき始めた。
この建物の維持管理のためには少なくとも何人かの人間が必要なこと、
それに毎日の食事のことも誰にどう頼めばいいのか、考えなければならなかった。

そうは言ってもブライアンが住まいにしている
9階、10階に人が自由に出入りするようなことにはしたくなかった。
クリストファーが管理会社とどんな話をしているのかも知る必要がある。

次々と浮かぶ思いに食べることを忘れていたブライアンも
急に空腹が限界に近付いていることを感じていた。
ランチのことを考える時間だった。

ブライアンは地下の駐車所から車を出すと、
15分ほどであのエリザベスお気に入りのモールに飛び込み、
いくつかのレストランをのぞいた。
もうどこでも、何でも、と入ったレストランでシーフードのランチコースをとり
簡単に食事をすませ、
やっとひと心地つくとこの先エリザベスが戻るまでに
最低限必要と思える分の食材を買い込んだあと、
食材をモールの地下駐車場に置いてあったチェロキーに放りこむ。

今度はデイブの遺した衣類ばかり着ていたことを思い出し、
下着類、ズボン、シャツ、ジャケットと気の済むだけ買い込み、家に戻った。

約束どおりクリストファーは3時にやってきた。
リビングのソファーに向かいあって座ったクリストファーは
この家での初めての来客だった。

先ずクリストファーが口を開いた
「いかがいたしましょうか?ミスターラウル貴方のほうから、
こことここを知りたいとおっしゃっていただいた方が宜しいでしょうか、
それとも私なりに順を追ってお話いたしましょうか?」
「ミスター・パーマー、そちらから順を追って、
私がまだわからないでいる筈のことを話していただく方がいいと思います」

「わかりました、それでは、まず金融資産、動産関係についてですが。
預金関係はこの前銀行を廻っていただいて大体はおわかりになっていると思いますが。
保管なさっている筈の預金証書の分で2億2千万ドル、
それと私のほうで月々の不動産の維持管理のためにお預かりしている、口座の残高が
コンドミニアムのお支払いがありましたので多少減っておりまして
980万ドルとなっております。
次に現金と国債はそちらで保管なさっている分がかなりありますのは
分かっていますがその額については把握しておりません。

ただその分につきましては徐々に表に出していかれたほうがよろしいかと」
ブライアンが口をはさむ「その辺のことは税務関係とかの問題を
心配しなければならないのでしょうね」

「それが・・・・貴方様のお金の動きについては税務署も他の公的機関も全く動きません・・・・
もっともお戻りになってから、いかなる収入も実際はありませんし、
今後何か事業でも始められてお金の出入りが出てきてからのことで良さそうなのです」

「現状でご本人が現金なり、債権を公然と銀行預金に変えることも、
何度にも分けて行えば問題にならない筈です、どうもその辺も特別なことのようですが」
「それでは」クリストファーが続ける「ブライアン・ラウル名義の株式のほうですが、
10社ほどの株をお持ちです。
一応リストにしてありますので後ほど差し上げます。
いずれも株式時価総額100億ドルを超える会社の株式で、
それぞれ、持分は0.5%以下となっております。
IT関連事業、最新工業技術関係、医薬品、自動車会社、などです。
本日午前の株価で計算しまして、6億2千万ドルになります」

「個人名義のこれだけの資産は大変なものです・・・」
「それと、まだご存知ないわけですが、こちらの建物の定礎とした辺りに
小さくB/L不動産ビルと書いてございますが。

実際この会社がございます。
オフィスは私のオフィスフロアのすぐ隣で、
建物は車で15分もかかりませんが大きなショッピングモールがございます。
あそこに隣接しています。
あのビルは29階立てですが、
1フロアーあたりオフィス用スペースが1200平方メートルありまして、
現在29階のフロアー全部を私のオフィスとそのB/L不動産
そして現在はミスターラウルの専用室といいますか、会長となられるのか・・」

「会長或いは社長室を想定している部分だけに内装が施されている情況でございますが。
今後のお仕事の拠点としてお使いいただけるように用意いたしております」

「エレベーターホールをはさんで、ダウンタウンに向いて前側の全て、
さらに後ろ側半分つまりフロアーの4分の3が
今後ミスターラウルにお使いいただけるよう空けてあります」

「会長室と会長応接室、更衣室、洗面シャワールーム、厨房、秘書用更衣室」は
いつでもお使いいただけます」
「会社も設立済みで資本金は私のお預かりしていた分から100万ドル出資しました、
こちらは現在ミスター・ラウルが100%、株を所有している形です」
「会社は出来るだけどのような事業にでも手がつけられるよう定款を定めておきました」
「ブライアン・ラウル ホールディングスとB/L実業の二階建てになっております」

「今のところこの二つの会社のオフィス用スペースということになりますのが、
先程ご説明した会長室を含め29階の広さはおよそ・・・・
900平方メートルでございます」

「残るのが・・・私のオフィスが100平方メートル、
B/L不動産は200平方メートルの広さです。
B/L不動産は従業員が5名、私が社長ということになっておりまして、
・・・ミスターラウルが株式の70%私が30%を所有と、なっております。
ただこの会社は今のところミスターラウルの不動産管理について、
管理会社に注文を出したり、不動産・・
後ほどこれもご説明しませんといかんのですが、
貴方の所有になる不動産の維持管理の点検。
そのための費用の交渉支払い、
それと、お屋敷や建物の植栽、樹木をどう配置し手入れするかといった
デザイン、プランニング、
そのための出張、移動、と結構忙しくしています」

「今後こちらのお住まい、それにこの建物全体をどう維持、管理して行くか
そのためにどれだけ人をどこまで入れるかなどは、
管理会社のプランを検討していただかなければなりません」
「それと、不動産のリストがこちらにございます」

「アトランタのお屋敷、と所有なさっている建物ですが」
「さきほどの29階建てのビルはすべて、
ミスターラウルの所有するものとなっておりまして、
借り入れは全くございませんので賃料は全額貴方様の所得ということになりますが」

「これまでのところ税務上のこともありまして、
B/L不動産の収入とし、私への報酬、社員の給料を支払った残りを会社に蓄えております」
「ここではしっかり、税金も支払っております」

「お話すべきことは、ざっとこんなところかと思われますが、・・・
気になさっている税務関係のほうですが、
税務署の役人は多分訳が分からなくなっていると思います」

「B/L不動産は収益をあげ税も支払っていますが、
収入は先程からお話しています29階建てのB/L不動産第2ビルのテナントからの収入」
「それとミスターラウルから支払われる不動産維持管理料ということになります」
「ミスターラウルはこれまでアトランタに住んで居られることになっていましたし、
アトランタでは、ずっと海外に出かけられて留守ということになっております」
「すべての代理人ということになっています私はロスに居て財産管理だけを
させていただいているというわけです」
「さて今後のこととなりますが、もしブライアン、貴方が何かの事業を始めて、
世の中の表舞台に立たれることをお考えなら、
何人かのスタッフを雇う必要があるかも知れません」・・・・・


「MRパーマー・・そのB/L不動産第2ビルの敷地に余裕はあるのかな」
「と、申しますと」
「あそこにはなんというか法律上今以上の建物は建てられるのかどうかと思って」
「それは、もう貴方様は今と同じ規模の建物が建てられるだけの
土地をあそこにお持ちですよ」

「元々あのモールの土地もすべて、貴方様の所有だったのです、
先代のラウル様がアトランタからこちらに移られるおつもりでもあったのか、
買っておられたのです。その頃はまだ、商業地からわずか外れていて、
それ程の価格ではなかったようです」

ブライアンの頭にエリザベスの父チャールス・コーネルのことが過ぎった。
ロサンゼルスには日本の自動車メーカーのカリフォルニア総支配人として戻ると聞いたのだ、
独立ディーラーを認めるシステムなら
そのメーカーのディーラーをあそこでやっても面白いと考えたのだ、
モールを控え、集客には申し分がない。

とにかく売れて、売れて、ということになるのだ・・・魔法を使うのだから・・・
ブライアンは腹の中でクスクスと笑いがこみ上げるのを押さえていた。
「モールの計画が私のところに持ち込まれ、
結局29階建てのビルはその売却代金で建てお釣りがきたくらいでした」
「忘れていました、15番をラスベガスに向かう途中にバーストーという街がございます。

最近都会化がすすんでおりまして、元々はやや外れた場所だったのですが
今では注目の集まっている遊休地になっておるのです、
貴方様はそこにも500エーカー (1エーカー:1,224坪)程の土地をもっておられます。
そこも先代が買っておられたのですが、今そちらがすぐ傍まで開発が進んできておりますので、
これも大変な資産になってまいりました。
他にも今後可能性のありそうな場所に3箇所、リストに載せておきましたが
合計2000エーカー程土地をお持ちです」・・・・

「思い出したので言いますが、MRパーマー、ワイキキのコンドミニアムの登記手続き、
向こうの弁護士との連絡などはお願いしてありましたね」
「ご心配なく、貴方様の名義で登記が進んでおります。
まだ、この他にも整理しきれていない、ことも見つかるかも知れません、
そのときにはご報告しますので」
「それと、いかがでしょうB/L不動産の従業員にはできるだけ早く
お引き合わせしたいと思うのですが」

「婚約者のエリザベスも一緒のほうがいいかとも、思うけれど」
「それは、おやめになった方がいいと、私は考えます」
「ご結婚前まで、というか世間に婚約を知らせる前まで、
貴方の世界は貴方だけのものとして確立しておいたほうが・・・」
「と思います。失礼ながら、ある程度事情を知る私としましては、
ご結婚までに、貴方様の周りにできる限り表に出せる人間関係を構築して
世間への通りを良くしておきたいからでございます」
「そのためにはエリザベスさまが知られていないラウル様もつくり上げておいた方がよいかと」
「それと、今日はもう一つプランをお持ちしています。  
それは貴方様が先程尋ねられたB/L不動産第2ビルの敷地の余裕部分の活用でございまして、
少しでも早い立ち上げを考えれば建物の建設を極端に短時間にし、
営業できるものとしまして、車の販売をされることをお勧めしたいのです」

ブライアンは一瞬唖然となった。
自分の考えを先回りしているパーマーに驚かされたのだ。
「実はこのアイデアは神のご啓示なのです。
プレハブ建築をうまく利用すれば、10日で始められます」
「この件では、大ディーラーの優秀なNO2に既に私の秘書が接近しています・・・」

そこまで言うとクリストファーが噴出しそうになり
「実は彼女の婚約者がその人物でして、彼に言わせると、
これまでの独立ディーラーはあらゆる意味で
メーカー側の協力なしでは立ち行かない経営だった」

「もし、資金力も、販売力も絶対的に強ければ主な自動車メーカー5社ほどの車を
平行して売ることの出来るディーラーを立ち上げられる。というのです」
「メーカーごとに別法人ということになるかも知れませんが」
「ともかく、あの場所ならどこからでも客が来ると・・・・」

ブライアンはもしそんなことが可能なら今すぐにでも話を進めたいと思った、
何も心配することはないのだ。
自分のビジネスに関わるすべての人間は採用の際必ずブライアンが立会い、
意識の表に探りをいれ「誠実に対しての報酬と、裏切りに対する罰」を教えてやればいい。
車を買うべき人々には「車を買うならここで」と売れ行きの情況を見ながらすこしずつ、
念を送ればいいのだ。
ディーラーの開業時には惜しげなくテレビコマーシャルその他
有効と思われる媒体に金をつぎ込むことにする。

「クリストファー・・・その件は早速進めて欲しい、
但し人の採用にはすべて僕を同席させること、その秘書の恋人の自由にはさせない。
その秘書の恋人・・名前は?」
「えー・・ルーディー  ルーディー・マクドーネル・・」
「それと今のディラーの話は僕の会社の直接経営ということなんだね」
「勿論、B/L実業の一部門ということになると思います」
「新しい仕事に関して言えば、まずはそのルーディーと会わなければならないようだ、
手配をしてください」
「それとB/L不動産の社員や貴方の秘書とも」「秘書の名前は?」
「ソフィア・・・ソフィア・パーマー・・
実は私の妹でございましてもう34歳になります・・・・」
「それでルーディーの歳はいくつなのかな」
「確か35歳と聞いています」

「えーと・・・もう一つ忘れていたことがございました。
貴方様のお住まいの2階から5階がまだ空いております、
あそこの使い道について一つアイデアがございます」
「といいましても、とりあえずは2,3階でございますが、
それぞれ1フロア1300平方メートルございます。
既存の共有スペースの他に新しく必要になるエレベーターホール
その他で大分取られてしまいますが
それでもかなりのものだと思われます。
ここに、それほど規模は大きくなくても、典型的アメリカンスタイル、
イタリアン・フランス、中国、日本の各料理の最高の味を楽しめるレストランを作られることを
お勧めしたいのです」「あの場所なら雰囲気は静かですし、
高台ですのでダウンタウンの夜景ものぞめます。すべて会員制にしてもいいかも知れません、
これも神の啓示とでも申しましょうか必ず繁盛は間違いございません」
「それと他のメリットもございます」
「ラウル家のお食事はいつでもこれらのレストランにご注文になれますし」
「将来こちらで、大きなパーティーを催すような事のあった際も便利でございます」
「4階、5階にそんなパーティーを開くための、
会場に相応しいスペースもまだ残してございますし・・・・」
「建物に向かって左側の土地がまだかなり空いていますが、
あそこは人工地盤になっていまして一部、土と植栽を取りのけますと半分地下になった部分、
さらにもう1階地下になった部分への入り口が隠されております。
この2層のフロアはいつでも駐車場に使えるよう設計されております」
「レストランは人工地盤の上を手入れし直し、素晴らしい庭園と一体にすることが出来る訳です」

「今からとりかかれば、一月以内にすべてを整える事ができるところまで、
B/L不動産のほうでプランニングができておりまして、
企画費用等はB/L実業からもういただいております。
これというのも、神のお告げのような感じでございまして、
自然と私やB/L不動産の人間で考えが進んでしまいますので・・・・、ご異論は?」

異論のある筈がなかった。
すべて「ブライアンが考えようとしていたことを先回りして用意してくれていただけだった」
「ブライアン自身の都合でことが運んでいく感じ」だったからだ。
クリストファーの説明はまだ続いた「あの建物に関しますマニュアルを
詳しく見られると分かるんでございますが、
2階から5階までは人工地盤の側に建物の左側を膨らませて
エレベーターシャフトが通っていまして、
レストランの客を建物正面のエントランスから入れる必要はございません・・・・・」
「先ほど触れました、新しく必要になるエレベーターホールといいますのは
そのためのものでございます」
何から何まですべてが先回りされているような感じに、
ブライアンはクリストファーに全面的に頼ってしまいそうな気分だった。
彼の意識の表層には「なんとかブライアンの人間関係の構築と事業の成功に尽くし、
自らも充分恩恵に浴したい」という必死の思いが読み取れた。

どの道、彼がブライアンに不利になるようなことはする訳もなかった。
クリストファーがひとしきり、話しをし終わると、ブライアンは
「すべて同意するので出来るだけ早く事を進めて欲しい」
「B/L不動産の社員達との簡単な食事会をあのモールの中のレストランで明日の夕刻にもセットするよう」
「またルーディーとの面接も至急手配してもらいたい」と注文を出した。

クリストファーは「これからは、忙しくなりそうです。
ところで、ブライアン・ラウル・ホールディングス,B/L実業の組織で
私は名称は別としましてミスター・ラウルのご意向に従い
どんどん事業を進めさせていただくNO2ということで理解させていただいて宜しいでしょうか?」

ブライアンが「当面私が二つの会社の会長を兼ねるということで、
ミスター・パーマーもそれぞれの会社の事実上の執行役員社長ということでどうでしょうか?
弁護士という立場上考えられる肩書きは私にはわかりません」

「実際に事業が廻りだしてから組織については考え直さなければならないでしょう」と答えると
「わかりましたそれではまだ貴方様の秘書がおりませんので
名刺だけでも私からオーダーして作らせておきましょう」クリストファーは
「このあとすぐにも色々やらなければならないことが・・・・」
とそそくさとB/Lハウスを去っていった。
クリストファーが帰ったあとブライアンは、すこし時間をとり考える必要を感じた。

当面実業的な面はまず、車のデイーラーを、多分同時に数社立ち上げること、
それと数件のレストランをこれも同時に開店することで充分かもしれない。

本当の目的はまだ幻の富豪でしかないブライアン・ラウルを
実業家ブライアン・ラウルとして表の世界に登場させることなのだ。

そのための事業としては規模も業種も相応しいのではないだろうか
「訳のわからない他州から来た金持ちだが、金さえあれば、それくらいの事はできるだろう」
と特別、奇異の目で見られることがない。

人間関係にしても、車のディーラーで今後採用すべき会社の社長達、役員、従業員を数えれば
たちまち数十人になる。レストランも同じくらいとすれば、
100人を超える人間が直接ブライアンの仲間のような存在になる筈だ。
採用の際一人ひとりに「誠実な友人関係と同時に会社に対する忠誠を訴え、
その見返りは必ずあることをしっかりと刻んでいけば・・・」
さらに取引先になる各自動車メーカーの役員、社員、・・・・
レストラン関係では酒類、飲料のメーカー、取扱い商社、食材の納入業者、
そして、大きいのはレストランの会員だ。

「贅をつくしたレストランの内装、たたずまいを描いた入会案内のパンフレットを至急つくる」
と真剣な顔で帰っていったクリストファーは
「もう好ましい会員候補をB/L不動産の社員にリストアップさせている」と言っていた。
クリストファーと今日のところはこれまでにすることにしたが、
それこそ明日からは目の廻るほどの忙しさが待っていると覚悟したほうが良さそうだった。

そこまで考えブライアンは地下3階金庫室奥の、まだ全く謎のままと思える空間・・
を思い起こした「今この時点であの扉を開くと、どうなっているのだろう・・・・」
「あの空間はブライアンの概念だけでこうあれ、
と念じた状態が具現化される場所だ」

「一方人間は・・・自分が現実世界から呼び寄せたことになるあの3人は
夢の中の出来事と言っていた・・・
それと・・・・3人とも元の世界からあの空間にやってきたのだ、
少なくとも魂だけは・・・」

ブライアンは明日以降しばらくはあの空間に夢中になってはいられないと思った。
あの空間で過ごした時間が現実世界ではカウントされないとしても、
現実世界がめまぐるしく動きだした時には継続して関わっていなければ、
ついていけなくなるものなのだ。
日本の横田基地に勤務し軍人というよりは、
日本の民間相手の商売をしていた感覚で長い時間を過ごしたあと、
本土に戻されたときにはしばらく現実についていけない感覚を覚えたことを思い出していた。
ブライアンの事業欲のようなものはあの時に芽生えたのかも知れなかった。

ブライアンは何故かこの移動に瞬間移動の能力を使ってみる気になれないことを不思議に感じながら
エレベーターで地下3階の金庫室に降りた、
「あの空間に真正面から向かい合うのは当面、今日しかない」と結論したのだ。
やや面倒に感じ始めた手続きを終え、ブライアンはあの扉を開いた。

そこには何時間か前、残してきたゴルフコースがそのまま広がっていた。
ブライアンはほっと胸をなでおろす気分だった。
「ゴルフコースを18ホール回るためかけた時間が現実世界では殆どゼロカウントだったことを考えれば、
この空間で何年、何千年も時間が経過していましたということになっていても、
それはあり得ることと考えたのだ。・・・
だがブライアンは無意識のうちに「そののままに」と念じたであろうし、
当然そのように思い込んでもいた。
ここでは時間の経過そのものもブライアンの都合に合わせて経過するのかも知れなかった。
午前中はクリストファーとの3時の約束を踏まえ、
その前に外出、食事、買い物と時間を気にしながら金庫室を調べていた・・・・

ブライアンはまた何ホールか先にある筈の海辺に面したホールの辺りから漂う潮の香りを感じ、
「このゴルフコースは当分この状態で置いて置きたい」とつぶやいていた。
ブライアンが後ろを振返ると、白く塗られた木造のクラブハウスが見えた。
ユックリそちらのほうに歩いてみる、人は誰もいなかった。
クラブハウスは何処かで見たような、落ち着いた雰囲気のつくりで、
食堂にはいつでも食事ができるようなしつらえが整っていた。
渡り廊下でつながれた別棟にはゴルフショップまであり、
ペブルビーチのショップで通常売られているような
ゴルフウェア、クラブその他なんでも取り揃えられていた。
キツネにつままれた気分でゴルフシャツをとりあげたブライアンはもっと驚いた、
昔ブライアンがデザインしてみた、ハンチングをかぶった若いゴルファーのシルエットに
V字にブライアン・ラウルのサインをあしらったエンブレムが刺繍されていたのだ。
クラブハウスのエントランス、広い駐車場、外の道路へ通じる道と何処を見ても
完璧なカントリークラブだった。
唯人間は一人も見当たらなかった。

ブライアンは食堂の白いクロスの掛かったテーブルに向かい、
椅子に腰を下ろすとしばらく考えこんでいた。

「今のところこの空間で過ごす時間は現実世界ではゼロに近くても構わない」
「ここで何時間過ごしても現実世界での時間は進まないということだ」
「たまたま、初めにこの空間にゴルフコースを思い描いたことは
ある意味で正解だったかも知れない」
「もしも、多くの人々が行きかう、雑踏の都会を思い描いていたら、
収拾のつかない事態を生み出したかも知れないからだ」
「なぜなら人間はどんな行動をし、どう動くかそしてまた何処へ行こうとするか分からない」
ブライアン自身どうなっているのかわからない情況を
どう収めていいか分からなくなるに違いない」
「それにしても、もしそのように人や建物が出現したとして、“消えろ”
と消すことはできるのだろうか?」
ブライアンは周囲を見回し、食堂の向こう側のラウンジにあるソファーやテーブルに目をやり、
“消えろ”と念じてみた・・・・テーブルも、
掛け心地の良さそうだったソファーも一瞬のうちに消え失せていた。

直ぐに“元に戻れ”と念じると消えたのが嘘だったように
元のとおりソファーもテーブルもそこに存在した。

ブライアンは漠然と「カントリークラブのメインダイニングに相応しい、
ウェイター、そしてマネージャーふうの初老の紳士、厨房には充分な食材と腕利きの調理人が必要だ」
と心に描くとそのように在れ」と念じてみた。

一瞬の間があり、2人のウェイターと初老の男がブライアンを見つめていた。
ブライアンが手を挙げると、ウェイターの一人がメニューを持ち足早に近付いてくる。
若い感じのいいウェイターが「飲み物のご注文がお決まりでしたら先にお持ちしますが・・」
と言いながら、メニューを手渡す。
「生ビールはあるかな・・」
「工場直送のバドワイザー生がございます」
ブライアンは「ミディアムサイズのジョッキで頼む」とオーダーしメニューを眺めてみた。
期待を裏切らないだけの料理が並んでいる
「本当に料理が出てくるのだろうか?」
「ここで飲み食いした場合、現実世界で食べたケースと同じことなのだろうか」・・・
少し早やめの夕食になるがと想いながらブライアンは何種類もの料理を注文した。
ビールも食事も申し分なかった。
ブライアンはますますこの空間、のことが解らなくなっていた。
漠然とした概念で周りに人が現れるよう念じただけで、
それなりの人間がそこに居る。
調理場には料理人も現れ、問題なく食事が出てくる。ブライアンがこの場を去るとき
ここの人間達はどうなるのだろう?
ブライアンは先ほどのウェイターをテーブルに呼び「君・・名前は?」と訊いてみた
「私は・・・」若者はあきらかにとまどっていた「名前?・・わかりません」
「私はウェイターです・・・」「もう一人のウェイターは・・・名前は?・・
あのマネージャーのような紳士は?」「名前はわかりません・・あの方は支配人です」
ブライアンは妙に落ち着かない気分にさせられていた。
「ここの人間は皆“消えてくれ”」
ブライアンのつぶやきと殆ど同時にウェイターもマネージャーも消えてしまった。

ブライアンは席を立つと誰も居ない食堂を横切り厨房をのぞいた。
厨房には調理の途中で放棄された、食材、包丁フライパンといったものが散らかっていた。
料理人はいなかった。
「何処かこの空間というか、この世界は手に負えない」
ブライアンはクラブハウスを出るとスターティングホールの傍のあの扉の前まで戻り
「ゴルフコースはこのままでいい。
時間は止まっていろ」と念じ、すぐその後「空はもっと曇っていい」と念じなおした。
空には瞬く間に雲が増え青空が小さくなった。
自ら念じたことの効果を確認したブライアンはほっとして9階のリビングに戻った。

ブライアンは地下3階のあの空間のことをまた考えていた。
先ず、浮かんだのは「あの空間はどれだけの大きさなのだろうか」という疑問だった。
初め、無限に広がる宇宙のように限りなく高い空を見上げたとき、
ゴルフコースが出来上がっていくのを見たとき、
「バーチャル・リアリティー」という概念が浮かんだが、
それとは明らかに違っていた。しかもあの空間はB/L不動産ビルの敷地の地下という
ごく限られた情況に全く制限を受けていないのだ。
ゴルフボールは自由に飛び、少なくとも18のホールが展開されている。

今、自分が居るこの世界が「ブライアンにとり都合の良い世界」
とすればあの空間はブ「ライアンの自由になる世界」に近かった。
ならば「自由になる世界・・・」とは何なんだろうか?
多分あそこに男の夢かも知れない「ハーレム」を創造することも可能かも知れない。
そう思いついたときブライアンの胸には「エリザベスに対する罪悪感のようなものを無視できるなら」
という断り書きが浮かんでいた。

ブライアンが念じるだけで、そこにあるべき建物やあらゆるしつらえが、
あの空間では簡単に現実のものとして現れるだろう、そしてそこに侍る美女達・・・
「ひとつの実験として試みるべき、ことかも知れない」
ブライアンは真面目に心に刻んでいた。
あのカントリークラブのダイニングに現れたウェイターは自分の名前を云えなかった。・・・・
あのマネージャー風の紳士を「あの方は支配人です」と・・・・

よく考えれば、ブライアンが具体的に考えたことだけがあそこでの事実だった。
しかし、具体的に考えたといってもゴルフコースの各ホールの詳細は
具体的に考えたわけではなかった。
クラブハウスの建物・・・ゴルフショップの様子・・・・・
そこまで考えをすすめ、ブライアンの脳裏に漠然とではあったが、
徐々に答えのようなものが浮かんでき始めていた。
「人間という存在が特殊なのだ、それこそ具体的にどこ何処であった誰・・・
何処何処で見たあの男、或いはあの女それと面立ちが、体格がこう同じであったりこう違う・・・」
そんなオーダーを念じたとすると」どうなるのか・・・・
あの世界にもしその通り人間が
現れたとして、・・・・またその人間はブライアンの名前、
丁重に扱うべき存在である事だけ知っている・・・あの空間でそう念ずることにより、
どんな情況が生まれるだろうか、次にあの空間を訪れたときそんな試みをしてみれば・・・・
ブライアンは明日から始まる現実世界での行動、思索に備え、
一種の興奮と楽しさをもたらすあの空間についての思い悩みを中止することにした。

現実世界での時間はクリストファーが去ってまだ1時間と少ししか経過していなかった。


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異空の神 第1巻はこのあとも順次掲載していきます
既に完成済みですが、挿絵制作、文章校正のため
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