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                                    異空の神


異空の神 第1巻  最 終 章
 
      
異空の神  ブライアン 
    
大統領暗殺未遂事件から瞬く間に3週間ほどが過ぎていた。
ディーラーの立ち上げ、レストランの開業に向けクリストファーとルーディーが見つけ出し、
ブライアンに引き合わせた人間が次々と採用されていった。
スーザンもこれまで培った人脈にものを言わせ
有能な女性の経理要員を2名、見つけ出した。

採用された二人には契約前に総務、経理、その他必要になる都度
すべての仕事をこなすよう要求がなされた。
将来の会社の成長を考えたとき経営陣候補として
すべて勉強して欲しいというブライアンの要求と
さらに込められた“念”に二人は嬉々として納得していた。
スーザンを中心としたブライアンの女性補佐役チームが発足したのだ。

B/Lハウスの周りではレストランの内外装工事、造園工事が始まり、
ブライアンは家にいるときも常に仕事場から離れられないといった情況だった。

結局クリストファーのアイデア通りメンバー制ということになったレストランの
会員リストには次々とロサンゼルス、とその周辺の郡での政財界の名士が名を連ねていった。
車のディーラーも5つのメーカーがそろい、
日本のメーカーではエリザベスの父親が次期カリフォルニア総支配人に就く
トヨハマ自動車がB/L不動産第2ビルの直ぐ隣の一番大きなスペースをとることになった。

ブライアンはエリザベスの父親と、仕事上の交際をすることになりそうだった。
そんな日の午後スーザンが一寸話を聞いてもらえないだろうか、
とインターフォンで連絡を寄越し、ブライアンの部屋の扉を開いた。

スーザンが口を開いた
「会長、ブライアンラウル・ホールディングスの下に広告代理業を入れる
ということは、考えられないでしょうか?」

「この先、どんどん会長の人脈は広がっていくと思います。
それに、不思議なほど会長のもとにはアイデアにとんだ人材が集まってきますし、
私・・・ハッキリ申し上げますが会長ご自身が
不思議な力をお持ちだということがわかりました」
「何処の企業もこの先会長のお力を借りたいと近付いてくるような気がするのです」
「実は私の友人が50人ほど従業員のいる広告会社で営業の責任者をしています」
「彼女は事実上会社の NO2という実力者なんです」

「とても優秀で会社の業績も凄く良いそうなんですが、
会社のオーナーが他の事業に手を出して、本業とは別のところで会社は倒産寸前、
そのオーナーは会社の従業員を全員、今すぐにでも解雇して、
会社のオフィスにしている建物を売り払いたいらしいのです」
「そうすればそのオーナーは借金地獄を抜け出せるということなのです」

「彼女・・・私の友達ですが今の会社の従業員全員から、
新しく会社を作って今の会社の事業を継いで欲しい、
新しい会社でちゃんと給料を払ってもらえれば、
皆ついていきたいと迫られているそうなんです」

「主なクライアントも皆、スタッフが代わらなければ、
新しい会社と契約することは確約してくれているそうなんです」

黙って話しを聞いていたブライアンが「一寸待ってくれ。少し整理してみよう」
「広告会社?・・・広告代理業・・
広告のプランニング・テレビ・新聞・雑誌・インターネットの広告スペースへの、
仲介のような事をするんだね」

「まあ、そうですが、能力のある会社はクライアントの商品計画、
デザイン、市場開拓、映画・やテレビドラマの制作、
テレビの番組企画とかなんでもやるそうです」
「収益性はどうなのかな?現在の年間扱い額がどの位で粗利益がどのくらいかも知りたい」
「それにそのオーナーは何でそしてどれ位の借金をしたのかも知らなければ」
「オーナー会社の場合社長の借金が即会社の負債という図式になることは
考えられないことではないけれど、僕にはまだその話がスンナリと受け入れられない感じなんだ」

「会長その辺の詳しい事情は彼女に・・・
名前はヘレナ・ロバーツですが、彼女から聞いていただかないと」

「それと、今ヘレナが働いている、その広告会社の名前は?」
「申し訳ありません、・・・K・Dコミュニケーションズ・・オーナーのイニシャルです
・・・・ケニー・デーヴィス」・・・・・・

ブライアンは直感的にこの話は面白いと感じていた。
ある程度の人材がそろっていて組織になっているのであれば、
いいビジネスになるかもしれない、“ブライアンの秘密の能力”で会社の力は大きくなり、
クライアントは捌ききれないほど増え、売り上げはいくらでも伸びる筈だった。

早速ヘレナ・ロバーツに連絡をとったスーザンの話で
彼女の会社の扱い額は単独の広告会社として独立させてみたとき年間1億ドル、
税引き前利益が500万ドルといったところらしかった。
役員、従業員の給料と経費が800万ドル掛かっていた。
何倍もの値上がりを見込んだベンチャー企業株を大量に購入するため、
彼女の会社のオーナーは、決して安くない金利で1500万ドルもの大金を借りていた。

ところが思ってもいなかった、急激な株の値下がりによって、
今やいき詰まっているということだった。
あとわずかの期限内に全額の返済をしなければ所有不動産をとられてしまうまでに追い込まれ、
負債を肩代わりしてくれる相手を見つけ、
2000万ドルほどの価値がある自己不動産を処分することで
すべて負債を精算し、リタイアーする道を選ぼうとしていたのだ。

そのようにしても今のうちなら彼には400万ドルほどの金が残るという計算をしているようだった。
彼は現在64歳だが、全てを失う前に負債を清算したいと思っており、
一方でヘレナをはじめ、これまで尽くしてくれた従業員の行く末も気にしていて、
何かいい道を探せないかヘレナにも相談をしているとのことだった。

「スーザン・・そのMRデーヴィスは何でそんな多額の借金をしてまで、
危ない投資をしなければならなかったのだろう?」

「本人は絶対にいい投資だと信じていたそうです。
彼が1500万ドルを払いこんだ直後に株式が上場される予定だったということです」
「貴方は特別な方だから今のチャンスにお譲りすると云われて・・・」
「ところが上場されてもその会社の株は彼が引き取った価格の半分にも届かなくて」
・・・・・「それと理由はハッキリしているそうです・・・・宇宙旅行です」
「宇宙旅行・・?」
「2500万ドル掛かるんです・・・彼にとって人生の夢だったその旅行に・・・・
おまけに借金をする前に既に1000万ドルを内金として支払ってしまっていて、
だから広告会社を維持していくことも不可能になっているそうです」
「広告会社のオーナーは事業を確実に維持してゆくために、
かなりの蓄えを持っていなければならないそうなんです」
「それ以上の話はヘレナから直接お話すると思います」

「彼の“宇宙旅行”という夢は消えてしまった訳だ・・・・・」

ブライアンはスーザンにクリストファーを呼ぶよう指示した。
クリストファーと“新しくブライアン・ラウルホールディングスの下に広告会社を設立する手はず”
についての相談をしたのだ。
会社の設立には一月ほど掛かりそうだった。

翌日の午後ヘレナ・ロバーツは「誰に遠慮することもないので」と
、どうどうとブライアンのところにやって来た。
話の本題に入り、なかなかの美人だが勝気そうな目鼻立ちのヘレナが切り出した。
ブライアンはヘレナの勝気な態度が自惚れによるものであるのかどうか、
一瞬判断できなかった。
ブライアンは何か本人も気づいていないことが伝わってこないだろうかと念じながら、
ともかくヘレナの話を聞くことにした。

「MRラウル、私はお願いに来たつもりはありません、
ビジネスの交渉をする気で、来たのです。・・・」そういいながらも
「失礼しました、お互いに、いいお話ができればと思って来ました・・
と訂正させてください」と態度を和らげる・・・
「スーザンからも聞いていただいていることと思いますが、
私は今の会社の全従業員を束ねる立場で伺いました」

「今の会社は広告代理業として、規模こそ小さいのですが
クライアントの信頼はかなり大きいのです」
「普通にやっていくだけで、大きくはありませんが
税引き後の利益が250から300万ドルは出る状態です」

「私に、資金は出すから独立して会社を経営しろと言ってくださる方も何人かいます」
「私はこの先、重責を背負い今のままの立場で新しい会社を経営することはしたくありません、
つまりただの雇われ社長ということなら、もう少し条件のいいところが何社かあるのです」

「かといって今現在私に新会社を立ち上げるだけの資金力はありません」
「ご承知と思いますが広告代理業はある意味で金融会社でもあるのです、
あるとき突然千万ドル以上もの現金をメディアに用立てしなければならないのです、
さもなければ何千万ドルという保証金をメディアに預託しなければならないのです。
つまりクライアントが支払いを実行してくれる前にお金を要求されることが多いのです」
「クライアントの支払いは殆ど間違いなく実行されますが、正直、しっかり調査をし、
目を配っていても突然、扱いクライアントが危機的状況に陥り、2・300万ドルの
不良債権をかかえてしまうことが有ります」
「現在のオーナー・・・ケニー・デービスが会社を今の借金取りに追われる状況で
維持するのは無理だと考えているのは、
今後の資金繰りという大きな問題に対処しきれなくなったためなのです」

「MRラウル、いかがお考えですか、私はただの雇われ社長ではなく、
私自身が受け入れられるような良い条件を提示していただければと
期待して今日ここに参りました」

「ここでお話がうまくいかなければ、
給料を50%増やすから来いといってくれる会社に行くことを決心するつもりでいます」
ブライアンは気分のいいことではないと感じながら、
ヘレナの脳裏に意識のアンテナを触れていた・・・
ヘレナの決心は偽りではなかった。彼女の話は信じるに足るだけの、
また飾り気のないものだと分かってきた。
ブライアンは昨日から頭の中で悩んだ結果をそのまま彼女にぶつけてみることにした
「MIZロバーツこういうことではいかがでしょう・・・
私の全額出資で資本金5千万ドルの会社を設立しましょう」・・・
「それでは何も他の申し出と変わらないじゃやないですか・・・」
と言いかけるヘレナをブライアンが手で制した「待ってくださいお話はこの後です・・・」
「貴女には全株式の20%を設立時の価格で買うことのできる
ストックオプションを差し上げるということでどうでしょう」

ブライアンの提案がどういう意味になるのか考え込もうとするヘレナに
ブライアンが畳み掛けるように続けた。
「新しい会社の株式を5・6年後に上場します。
私にはその時の株式時価総額が2億ドル以上になることが分かっています」

「貴女の能力もそうですが、私の人脈、そして私が自分でも理解できない特殊な予感とか、
予知の能力それらが約束しています」
「実は5年後に私たちが今考えている会社の株式時価総額はハッキリ言って5億ドルです
・・・ごく堅実な予想ですが・・・・」「広告扱い額は年間15億ドルには達しているはずです」
「そうなれば貴女の権利である20%すべてのストックオプションを行使すれば
貴女はいきなり1億ドル以上場合によっては2億ドル以上の現金を手にすることも可能でしょう」
「どうでしょうか?悪い提案ではないでしょう」
ブライアンが念を送るまでもなくヘレナは「ヤッター・・・と心の中で叫んでいた」

「会社の支配権は手に入らないが、設立時の資本金5千万ドルの20%は1千万ドル・・・
そして5年後の価値が1億ドルとすればなんと彼女の取り分は9千万ドルにもなる筈なのだ」

話はスムーズに進み、現在全くの空間になっているB/L不動産第2ビル29階
つまりブライアンの会長室の並びに大至急、広告会社を受け入れるための
オフィス作りに取り掛かることになった。

ブライアンに案内され、オフィスに予定される、広々としたフロアを見せられたヘレナは、
また“ブラボー”と心の中で叫んでいた。

ブライアンはすぐにクリストファーを呼びケニー・デービスと接触させることにした。
クリストファーはケニー・デービスの負債を肩代わりしさらに350万ドルを上乗せし
ケニー・デービスの不動産をB/L不動産の所有物件にすることに成功した。
KDコミュニケーションズの置かれていたスペースはブライアンの新会社が使用することとはせず
新たに賃貸しすることとした。
どの道そのスペースは短時日のうちに手狭になることがブライアンにはわかっていたのだ。

夏休みをとり、ロサンゼルスに家探しに戻ったエリザベスの両親との対面も何事もなく過ぎ、
コーネル夫妻はB/Lハウス6階のコンドミニアムに数日滞在した。
9階テラスでのエリザベスを含めたコーネル家の3人との食事も、
開業間近のレストランのシェフ達が入れ替わり腕を振るってくれた。
最上のホテル以上のもてなしにコーネル夫妻は感激しブライアンを
「最高の婿さん」と喜び迎えていた。
エリザベスとの結婚については、「デイブが亡くなって1年以上は待つべきだ」
というエリザベスの母、パトリシアのこだわりがあり、
二人は正式の婚約をしているということで、式の予定を来年にすることにした。
コーネル夫妻の家はB/Lハウスの近くにいい物件が見つかり、
ロサンゼルスに戻ったあとはいつでも、娘と一緒に食事ができると大喜びだった。

エリザベスは少なくとも正式な結婚までは仕事を続けたいと主張していた。
彼女に言わせれば「ブライアンの能力で護られていることで、安心して仕事を楽しめるから」
「独身最後は特に自由にしていたい、また、そのほうがブライアンも仕事がはかどる」
というのがその理由だった。


5軒のディーラー、5つのレストラン、さらに広告会社、
ケニーから買い取った賃貸ビル、
とブライアンの事業は瞬く間に軌道に乗りブライアンも取りあえずは
完全に各事業を任せきりにできるようになるまでは手いっぱいという情況だった。

レストランには毎晩一軒ずつ顔を出し、目ぼしい客には一々挨拶にまわり、
ブライアンとブライアンの事業への好意を一人ひとりの意識に刻み付けていった。

特にゴルフ好きの客はお得意様コンペと称して、
メンバーフィー相当の参加費を支払うだけのコンペを開催し交際を深めていった。
何度も参加した客は真夜中にブライアンのあの秘密のゴルフコースに招待し、
「夢なのか現実なのか・・・」という思いを抱かせながら時々
「あの時のドライバーショットは良かった」などとからかった。


12月に入っての日曜日、ブライアンは今日だけはひとり、のんびり過ごす日と決め、
B/Lハウス、のリビングルームで寛いでいた。
エリザベスが変則のフライトで留守だったのだ。
この世界にブライアンが飛び込み、思いもしない暮らしを始めて5ヶ月以上が経過していた。
すべてが順調に推移している中。多少気になりだしたのは、
地下3階のあの秘密の空間のことだった。

ブライアンはエレベーターで地下3階に降り、
あの空間へ続く扉へ向かう手続きに取り掛かろうとした。
その時初めて単に何十もの引き出しの底部だ、と
当然のこととして解釈していた、床に繋がる、高さ5CMほどの金属部分が、
あの掌紋照合ボードが隠された引き出しの下だけ、
同じ幅で区切れているのに気がついたのだ。
指の掛かるような部分は何処にもなかった。
横に辿って目を走らせてもそこ以外にそのような区切れはなく一体になっているように見える。
「何か意味があるのだろうか」と軽い気持でその部分に触れてみるが、
全く分からなかった。ブライアンは“面白くもない”とその部分を軽く靴の先で蹴っていた。

身体を軽く屈め、あの引き出しを開こうと目線を下に向けたとき
区切れ目の部分がスーっと飛び出して来た。

そこにはもうひとつの、掌紋照合ボードが隠されていた。
「なんでこんなものが、もうひとつあったのだろう・・・」
ブライアンは鼓動が高まるのを感じながら掌を押し当ててみた。
上の引き出しの場合と同じ結果だった。

壁の同じ場所にまた網膜照合レンズが現れブライアンはこれまでと同様、
開いた壁を抜け左に向かうと、扉を引き開けた。
そこにはブライアンを待っている筈の、あのゴルフコースはなかった。
こちらの空間の光も一切届かない、真の闇がそこにあった。
これまで考えた事もない情況だった。

扉の枠から先に光が全く届いていないと感じられた。黒く塗られた壁・・でもなかった。
それなら多少なりともブライアンの立っている側の光を反射するはずなのだ。
それにあのゴルフコースはどうなったのだろう?
ブライアンは一度扉を閉じ金庫室に戻ると、
元々の引き出しを開き掌紋照合ボードに掌を当て壁に出現した網膜照合レンズに左目をあて、
手続きをやりなおした。
開いた壁を抜けるのももどかしく、奥の空間の扉を開く、・・・・
美しいゴルフコースがもとどおりそこにブライアンを迎えてくれた。
頭が混乱しクラクラするような気分に襲われ、
ブライアンは一旦9階のリビングに戻ることにした。
「あれは、一体どういうことだったのだろう、あの空間への扉に行き着くためには、
少なくとも二通りの手続きがある、ということなのだ。

ひとつはあの大きな引き出し、そしてもうひとつは余程気をつけて見ないと気付かないような
秘密めかした引き出し。
そしてそれぞれの手続きによって行き着くところが違うということなのだ」
ブライアンはさらに深く考え込んでいた。

今、心のなかで、ブライアンが秘かにB/Lカントリークラブと呼んでいる
ゴルフコースを創りだしたあの空間への扉を開いた瞬間のこと、
そして今日驚かされた新しい空間・・・光も伝わらない虚無!!
ブライアンはいつか何かの本で読んだ考え方を思い出した。
宇宙空間は真空と思われているがそうとは言えない。
少なくとも無ではない。
何故なら、はるかそれこそ天文学的表現でしか現せない
遠い宇宙のかなたから星の光が我々に届いている。

光には厳密にいえば質量があるし、また光は波である、
本当に宇宙空間が無なら波である光は我々のところに届かない・・・・
「あの扉の向こうはまさに無だった・・・・・・」
ブライアンは新しく発見したあの場所・・・
あの虚無空間で自ら試みるべきことについて思いを馳せていた。
そして、行き着いたのは究極の“試み”“本当の意味での創造”・・・だった。
意を決したブライアンはもういちど地下3階に戻り新しく発見した手続きを試みていた。
扉の向こうはやはりあの虚無と表現するしかない情況だった。
ブライアンは静かに目を閉じ念を込める。

「扉の先にこれからの試みを見守るための“テラスよ有れ”
9階のリビングに続くテラスを思い浮かべていた・・・・」
扉の先に背後の光が漏れ出す。ブライアンの足元、扉の向こうにテラスが続いた。
まだその先は文字通りの虚無の世界だった。
ブライアンはゆったり、と全身の力を抜き、また目を閉じた。
今こそ、何故、自らがこの世界を望み、ここに存在するのか、
を問いかける時なのだと言い聞かせ思念を凝らしていった。
今、自分が立っているのは、これから創造しようという宇宙へ開いたテラスなのだ。
想像を超えた虚無のなかに生まれくる星、星・・・・・
遥か何万、何十億光年の彼方から急激に飛び散る宇宙の煌き・・
薄く開いたブライアンの目の前にはあの全くの無とは異なる、漆黒の闇が限りなく続いていた。
思い描いた遥かの天にかすかな光が一点、灯るのが見える気がしていた。
自らの1日をこのまだ虚無に近い無限の闇の1億年に・・・と念じ、
さらに思いをこめる。
あまりの大それた思いがブライアンの持てる力のすべてを奪っていくかのように、
足元が震え、これ以上の精神集中は不可能と感じられた。
ブライアンは後ろ足にそこを出ると扉を閉じ、
改めて心に次々と生まれ来る星々を思い描いた。

その夜、眠れぬ思いでベッドに横になっていたブライアンは真夜中、
いたたまれぬ思いに駆られ、またあの扉の前に立った。
人生のすべてを賭けた試験の結果を知る前の若者の心境だった。
扉のなかは一瞬漆黒の闇に感じられた、しかし、そうではなかった、
信じられないほどの遥か宇宙の深淵に、わずかだが数え切れないほどの光の束が灯っているのだ。
すくなくとも何かが生まれた、ブライアンの心に僅かの安堵と同時に恐怖のようなものがひろがる。
眠れぬまま、思い悩んだ末生み出したイメージに僅かの不安を覚えながらも、
自らの意識をシールドし、ちいさな点と捉える、
そして無限に思える漆黒の闇の遥か向こうに微かに見える光の束に向け無限大と思える速さで飛翔させる、
しばらくするとその光の一つ一つが星に見えはじめ、
終には一番手前の光が巨大な燃える恒星と見えるまでに近くに感じられたとき、
ブライアンは自らの意識の点を手繰り寄せかなりの時間をかけ、もとの場所に収めた。

ブライアンは信じられぬほどの、巨大な喜びと、恐怖がない混ざったショックに
身体の震えを止めることが出来なかった。
ブライアンは必死に気を取り直し、見上げる虚空に向け
「これこそ我が存在の証となれ」と叫び、
次に「太陽よあれ、太陽系よ、地球よ有れ」と叫んだ。

遥かの宇宙に、他の、目に見えないほどの星よりは明るく、
青白い光が瞬きはじめた。
そして宇宙全体を引き寄せるように、自らが踏まえているテラスがその光に近付くように念じていった。
ブライアンに恐ろしいほどの速さで虚空を飛翔する感覚が訪れる。
しかし全身で対している漆黒ともいえる無限の宇宙の心象に変化を感じることはできなかった。

ブライアンの感覚で数分の時が流れそして、
終にテラスに仁王立ちした身体に本物の飛翔感が訪れた。

やっと他の微かな光の点と区別が出来るか、と思われたあの青白い星が急速に近くに感じられだし、
見る間に“これこそ誕生の頃の太陽”と思えるまで宇宙の中心に存在を占める。
ブライアンの飛翔は急激にその速さを緩め、白く青く燃える円い玉の周りに
いくつかの点のように小さな火の玉が廻る様子まで、見え始めた。

精魂尽き果てるほどの疲労感に襲われ、ブライアンは情況の推移をそのままに・・・・
また「現実世界での1日をこの世界では1億年に」と念じると、
テラスの背後に退き扉の向こうの、金庫室に続く平常の空間まで戻っていった。


寝室に戻ったブライアンはなかなか寝つけぬまま、新しく自分が創り出してしまった宇宙
について考えていた。本当にあれは起きたことなのだろうか?
新しい宇宙を創造したということなのだろうか?

自ら創造主、或いは神などといった存在になりたいなどと
夢にも望んだ憶えはなかった。

この世界に飛び込んでしまい、エリザベスのような理想の恋人と出会い、
現実性のギリギリと思えるまで、富を手にし、さらにそれを増殖させていこうとしている。

理想の女性との出逢いという点でも奇跡が連続した。

スーザンにしてもダリアにしても婚約者としてのエリザベスの存在がなければ
どんなことになってしまうのか、
と思えるほどに心を揺さぶられる思いを味合わされていた。

人生においてこれほどの短い期間にそんな3人もの女性に遭遇すること自体が考えられないことだった。

そしてまた今回の虚無から星星を生み出したと思える、感動、これが本当に現実とすれば、
人間として生まれた存在の誰一人として経験した筈のない“天地創造”という未知の歓喜!!


ブライアンは今後毎日一度、B/Lハウスでのレストラン事業の見回りを日課とし、
その都度誰にも知られず地下3階に降りあの空間・・・
あの宇宙を訪れることを心に決めていた。

あの空間で過ごす時間はこちらの世界では殆どカウントされないことを考えれば、
例え毎日あの宇宙の変化・・・或いは成長する様を見守ることに時を忘れても、
誰にも、例えエリザベスからさえも、悟られることはないのだ。


現実世界ではいよいよクリスマスが近づいていた。
ブライアンホールディングス傘下の従業員はスーザンを含めた
ブライアン・ラウルホールディングスの社員5名、 
B/L実業の社員5名それと各ディーラーの社員合わせて82名、
レストラン関係の正規従業員50名、さらに元々のB/L不動産のクリストファー以下7名、
新規採用5名・・・当然のこととして、僅かのあいだに事業はそれぞれ急成長し始めていた。

さらにブライアンのオフィスのある、B/L不動産第2ビルの29階は
ダウンタウンをのぞめる側に広告会社“B/L”が半分のスペースをとり
新規の採用者を含め80人以上の従業員が働くにぎやかなフロアになっていた。
レストランは開業したとたん、殆どの会員が年会費分の利用を一月で取り戻すほどの盛況だったし、
その後は役所や会社単位での会食や宴会に利用し、
個人で自由に使える利用券を手に入れるためにもひっきりなしにやって来る会員と
そのゲストで何時も満席になっていた。
レストラン事業の売り上げと利益はかなりなものになりそうだった。

毎日500人もの客が支払っていく金額は年間予測で2000万ドルに達しそうだったし、
利益率も高かった。そして裁ききれない入会希望を考え
「レストラン事業は倍の規模の店を必要としている」
とレストラン部門の責任者となっていたスティーブに
ブライアンは毎日のように突き上げられていた。

車のディーラーの方も、これ以上裁ききれないだけいつも予約注文をかかえ、
フル回転で頑張っていた、こちらの方も売り上げとして年間予測4億ドルという状況になっていた。
利益率はそれほどではないが、納金がなければ、
車を納入することがないため、殆どリスクのないビジネスだった。

各メーカーからは頼りにされ、特にエリザベスの父親は大手を振って、
ブライアンのレストランでブライアンとエリザベスを接待する状況だった。
そして、話しは遡るが、今や大変な状況になりつつあったのは、
初め、あのヘレナに任せていた、広告会社B/Lとそこから生まれた新事業だった。

4ヶ月前広告会社B/L設立直後、ヘレナが「小さいが見込みがある」といって、
広告の扱いを契約した化粧品会社「ブロンズのバラ」が躓き、
300万ドルの広告料を支払えなくなったのだ。

その点ではクライアントの財務状況を見抜けなかったヘレナのミスは
その調査能力や営業責任者としての能力を問われるものだったのだが・・・・

ブライアンの指示で、すぐさま弁護士のクリストファーが債権者として乗り込んだ。
状況はブライアンにとって面白い展開だった。
化粧品会社「ブロンズのバラ」は5000万ドルに近い債務を抱えていた。
しかしその内容は殆どが貯まりに溜まった支払い遅延債務だったのだ。

製品が売れさえすれば経費としての支払いが可能なものが殆どだということが判明し、
ブライアンは決心した。
他の債権者に対し債務の延払いを、
ブライアンの資産を担保とした銀行保証を条件に認めさせることにしたのだ。

さらにブライアン個人がオーナーに300万ドルを支払うことを条件に、
「ブロンズのバラ」の全株式を引き取ることに成功した。
化粧品会社「ブロンズのバラ」のオーナー、ウィリアム・ジョーンズは会社の倒産により
すべての個人資産さえ失いかねない状況を免れたのだった。

債権者たち・・・ほとんどは原材料の納入業者、デザイン、美術関係のプロダクション
高級パッケージの製作業者などが、売り上げが極端に落ちたことにより
支払いの遅れていた分をなんとか回収したいと必死になっていた。

しかし「ブロンズのバラ」が倒産してしまっては全く話にならなかった。

工場設備、やその敷地、研究施設などは過剰設備投資の業界では、
どこも引き取り手がないことがわかっていた。

債権者たちはオーナーの個人資産を差し押さえていたものの
その価値は到底債権の額には見合わなかった。
債権者達が「ブロンズのバラ」への債権取立てを強行できぬまま
ズルズルと時が過ぎてしまったのはそのためだったのだ。

この化粧品会社の株式はブライアン個人が直接所有することになった。
肩代わりした債務は5000万ドルに近かったが、
ブライアンの側からすれば会社の所有する工場設備、研究施設を
新しく自前で持つために必要な金額を考えたとき、損な投資ではなかった。

製品さえ画期的で、優れたものを市場に出せれば、化粧品会社としてたちまち再生し、
楽に返済できると計算したのだ。
ブライアンは直ちに、すでに車のディーラーの立ち上げに成功し、
それぞれのディーラーの社長に殆ど仕事をまかせ、
次のプロジェクトを模索していたルーディーを社長として送り込んだ。

ブライアンの指示でルーディーはハワイのMAI WATANABEと連絡をとった。
MAIの紹介で90歳を超える彼女の祖父が動き、
微生物研究所との交渉がとんとん拍子に進んでいった。
新開発の、かつてない強力な酵素をもとにした、
表皮活性栄養補助化粧品が完成した。

ブライアンの魔法は、完成、商品化、発売の過程を僅か1月にしたのだった。
規模は小さくとも、老舗の高級デパートに売り場をまだ幾つか確保していた化粧品メーカー
「ブロンズのバラ」は一気に活性しはじめていた。
全商品ラインに新開発の酵素を採用し、
B/Lマジックと名付けられた一連の新製品は爆発的に売れ出していた。
そしてアメリカ全土のデパートから出店のオファーが届いていたのだ。
あの、サウスコーストプラザで発想した化粧品会社のアイデアは、
ブライアンが自ら企画し、立ち上げようとする前に勝手に転がり込んできた話から
あっという間に現実となってしまったのだ。

ブライアンが見極めた通り「ブロンズのバラ」が抱えていた債務は殆どが借入金ではなく、
必要経費の部分から生まれていた支払い遅延債務だったため、
売り上げをそのまま投入すれば、全く税を支払うことなく返済の形をとることになり、
当初の見込みよりもかなり早く完済できそうだった。
ブライアンは2年後にも年間売り上げ8億ドルになろうと予測され、
おまけに無借金となる会社をわずか600万ドルで手に入れたことになりそうだった。
しかも300万ドルは広告会社B/Lがすぐにも回収できそうだった。

広告会社B/Lも、小さな広告会社を合併し
それぞれのクライアントソースを発展させることで飛躍的に伸びていた。

年間100万ドル程度の広告費がせいぜい、というクライアントが
たちまちのうちに、
10倍から50倍の広告費を投入できるまでに活性していたのだ。

年間1億ドルを売り上げていた企業が1%つまり100万ドルの広告費を
投入していた状況から2億ドルに売り上げが伸びる状況では広告費を1000万ドルに
増やすことをなんとも思わないという現象が広告会社B/Lのクライアント
すべてで起きていた。

広告費への投入が売り上げ額の僅か1%だった企業が急速な売り上げの伸びの
かなりの部分を広告費に投入するケースが次々と出ていたのだ。

なかでも、急激に広告費を増やしていく「ブロンズのバラ」の翌年の広告費は
1億ドルが予定されていた。
それも含め広告会社B/Lの来年度の広告扱い高は5億ドル以上を
予測されるまでに勢い付いていた。

そんな状況のなかブライアンはできるだけ表に立たず、
マスコミに取材されるのはルーディー・・・そしてヘレナ、
やりての企業弁護士クリストファー・パーマーというように、世間に印象付けていた。

クリスマスを目前にし、レストラン部門もディーラー部門も盛況を極め、
ブライアンは忙しさの中、決して忘れまいとの思いであの地下3階に降り
その日も新しい宇宙を臨む扉を開いた。
こちらの世界では15億年の時が流れた筈だった。
テラスからのぞむ宇宙は星々で満たされ、テラスの近くに引き寄せられた太陽も
大きな円い火の球として存在感を増したようだった。

ブライアンはふと思い至ると、太陽から順番にたどり3番目の小さな光に目を凝らした。
自らの意識の一部をガラス玉のように小さな塊として捉えると、
その光に向け飛翔させる。
そしてその光の点のような存在だったものが円い球体として捉えられるまでに近づいたとき、
その球体が自ら発光していたのではないことに気が付いたのだ。
“地球”は冷え固まり始めていた。
ブライアンはユックリと自らが生み出した地球から意識の塊をテラスに立つ自分自身に収め、
しばらく考えを巡らせていた。
「ここまでこの宇宙の変化は現実世界の1日を1億年にと念じることにより
多分その通りに過ぎていたのだ、
しかしこの後、慎重に見守るには、今の半分、1日が5000万年の設定を考えなければ、
何かを見落としてしまいそうだ・・・・・」

ブライアンの脳裏に浮かんだのは「今の時点での地球には、
まだ月という衛星が見えない」ということだった。
是非とも自分が地球としてその存在をこの宇宙に生み出したあの惑星の変化、
行く末を見逃したくなかった。

さらに先々あの新しい地球に自ら生身で降りてみたい、という気持ちが生まれていた。
そのためにはいくらなんでも自分自身をただこれまでもそれほど経験のないやりかた、
「自分を防御するシールド」のようなもので包むだけで降り立つのは不安だった。

ある程度安心感の持てる装備、そして乗り物、・・・
「周りをよく観察することはできるが、十分に安心感を与えてくれる殻を備えた・・・
戦車と戦闘ヘリコプターを合体させたような乗り物が欲しい」
「そして十分なライトが必要だ」・・・・・
超能力を駆使しても光のない世界ではものが見えにくいと感じた記憶が呼び覚まされた。
「ものを見る」という人間の行為は自ら充分に知り尽くしたやりかた、
つまり物体が反射した光を識別するということに慣れすぎているのかも知れなかった。
ブライアンは急に悪戯心が芽生えるのを感じていた。

ふと思いついたそんな乗り物が作れれば後はその乗り物ごと飛ぶことも、
走ることもこれまでのこちらの世界での経験で、何も問題はないと信じられた。
燃料、動力に関して思い悩む必要はない。この新しい宇宙では、
燃料のようなものこそブライアンが概念だけで創造、創出できる。
それに飛ぶには超能力のほうが都合よかった。
ブライアンは小型の戦車のようなキャタピラを備えた躯体とそこからアーチ状に伸びた強力なアーム、
そして、それに支えられたヘリコプターの翼・・・・
操縦方法はブライアンの慣れた軍用ヘリと、
自動車をミックスしたもの、最強の防弾ガラスで覆われ密閉された操縦席・・・
十分な酸素、水のタンク、ブライアンの注文はこれ以上はないまでに、
精細、多岐にわたり、そして一気に自らの傍らへ、
その想像、創造物を出現させようと恐ろしいほどの念がこめられた。

ブライアンのすぐ傍らに奇妙な形をした乗り物が現れた。高さ3M、幅3M、長さ8Mと、
かなりの大きさだった。念のためと念じた、重機銃、機関砲、小型ミサイルまで装備された
その乗り物は正面からはヘリコプター、側面に回るとあのなにかの雑誌で見た、
月着陸船のような姿をしており、頑丈そうで、しかも精巧に見え、
キャタピラで走行できるようになっていた

ブライアンは操縦席に座り、満足な気分で近い日に地球へ降り立つ、創造主
・・神たる自分を思い描いた。
ブライアンはエリザベスと一緒に過ごす初めてのクリスマスのその日、
もうすぐ終わろうとしている年を振り返っていた。その年も残すところ後1週間もなくなっていた。

今や、この世界では、ブライアンを取り巻く何もかもが急速に花開こうとしている。
新しい年がもうすぐ明けようとしていたのだ。




異空の神 第1巻   了

異空の神 第1巻は主人公ブライアンが転移した世界で
ついに自らの宇宙をそして太陽系さらに地球を“創造”するに至ったのか?!という、
いまだ信じられない思いのまま新しい年を迎えよう
としている場面で終わりました。

異空の神 第2巻は私、お節介親父の頭のなかで徐々に構想ができてきた状況です
この先に進めるかどうかはこの小説を読んで下さる方がまだ全くいない状況では
分かりません、他人に読んでもらえないものを書くということは非常に空しい
ものですのでどうか勇気を与えていただきたいと願っております。

2007年4月
お節介親父こと 田中啓生




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